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東京地方裁判所 昭和44年(レ)137号 判決 1969年8月28日

控訴人 野田実

被控訴人 東京都

右代表者東京都知事 美濃部亮吉

右指定代理人東京都事務吏員 樋口嘉男

<ほか二名>

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の申立

一、控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は控訴人に対し金一六、八二七円を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二、被控訴人

主文第一項同旨の判決

第二当事者の主張

一、控訴人の請求原因

1  控訴人は中古自動車販売を業とする者であるが、熊本市在住の訴外中川照雄から買受け所有していた小型乗用車六四年式トヨペットコロナ(自動車登録番号五そ熊九二八四号)(以下本件コロナという)を昭和四二年七月二三日訴外早坂洸洋に売渡した。しかし、本件コロナの所有名義は変更されていなかったので、その自動車検査証には訴外中川が所有者として記載されていた。訴外早坂は同年八月六日午後一〇時頃東京都中野区中野五丁目八番地の路上に本件コロナを駐車中同車の自動車検査証(以下本件車検証という)および強制保険証明書を盗まれた。その後、訴外早坂に本件コロナ代金の債務不履行があったので、控訴人は同人から本件コロナの返還を受けた。

2  本件車検証は拾得者から拾得物として警視庁野方警察署に差出され、その後同署に保管されていたが、同年九月二〇日より前に野方警察署長の補助者である同署会計係訴外内藤幸好巡査長が右車検証を廃棄した。

3  遺失物法によれば、警察署長は、自己が保管している拾得物が滅失又は毀損のおそれがある時又は保管に不相当の費用もしくは手数を要する時で、しかも売却することが不可能であったか不可能と認められる場合に限ってこれを廃棄することができるものであるところ、本件車検証は滅失毀損のおそれもなく保管についても不相当の費用もしくは手数を要するものではないから、訴外内藤幸好巡査長のなした本件車検証の廃棄処分は、過失によってなされた違法な処分である。

4  控訴人は、本件車検証が廃棄されたので、やむを得ず昭和四三年一月二三日熊本市東町四の一四熊本県陸運事務所におもむき自動車検査証の再交付申請手続をなしたが、右手続をとるためには次のとおりの費用を支出した。

(一) 金一〇、二八〇円 東京都内、熊本駅間の往復汽車賃(寝台車)

(二) 金 二、〇〇〇円 宿泊費

(三) 金 四、〇〇〇円 昭和四三年一月二一日から同月二四日までの一日一、〇〇〇円の割合による日当

(四) 金   二〇〇円 熊本駅陸運事務所往復交通費

(五) 金    八〇円 訴外中川照雄の印鑑証明書交付申請印紙代

(六) 金    四〇円 印鑑証明書交付申請のため熊本市役所へ往復した電車賃

(七) 金   一七七円 申請書類等貼付の収入印紙代および切手代

(八) 金    五〇円 訴外中川照雄および陸運事務所への問合わせ電話代

以上合計 金一六、八二七円

5  右の費用は、被控訴人(東京都)の公務員である野方警察署内藤幸好巡査長がその職務を行なうについてなした本件車検証の違法な廃棄処分によって控訴人が蒙った損害である。よって、控訴人は被控訴人に対し、国家賠償法一条一項に基き、右損害金一六、八二七円の支払を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、≪証拠省略≫によれば、控訴人は中古自動車販売を業としていたが、昭和四二年六月頃訴外中川照雄に売渡したニッサンセドリック普通乗用車一台の代金の一部として同人からその所有していた本件コロナを譲り受けて所有していたところ、同年八月六日頃本件車検証を紛失した事実、右車検証には訴外中川照雄が所有者、使用者として表示されていた事実が認められる。右認定に反する証拠はない。

二、当事者間に争いのない請求原因2記載の事実および≪証拠省略≫を総合すれば、本件車検証が拾得されてから廃棄されるまでの経過は次のようであったことが認められる。

本件車検証は、昭和四二年八月一一日拾得者から警視庁野方警察署上高田派出所へ拾得物として差出された。同日同派出所勤務の警察官から連絡を受けた警視庁刑事課捜査係川端康治が熊本北警察署を通じて訴外中川照雄に本件コロナおよび本件車検証が盗難にかかっているかどうか照会したところ、訴外中川の妻が前記ニッサンセドリック普通乗用車についての問合わせだと思って盗難にはあっていない旨回答した。そこで、本件車検証は、遺失物として同年同月一二日頃同派出所高橋巡査長から野方警察署会計係内藤幸好巡査長に引渡された。内藤巡査長は、従来からの自動車検査証、定期乗車券、運転免許証等の拾得物の処理の例に従って、同年同月一九日本件車検証が野方警察署に保管されているから同年八月末日までに出頭するように、それを過ぎると廃棄するから承知してほしい旨記載した訴外中川照雄宛郵便はがきを投函し、右葉書は同月二〇日過ぎに訴外中川照雄に到達した。ところが、同年八月末日になっても訴外中川から連絡がなかったので、内藤巡査長は、同年九月初旬本件車検証を焼却して廃棄した。≪証拠判断省略≫

三、道路運送車輛法六六条一項によれば、自動車を運行の用に供するにはその車輛の自動車検査証を備え付けなければならないのであるから、有効な自動車検査証の所有権は自動車の所有権の移転に伴なって譲渡されるのが、取引の通例である。本件においても控訴人は本件コロナの所有権を取得したのであるから本件車検証の所有権も取得したものと認めるのが相当である。そうすると遺失物である本件車検証の返還を受けるべき者は控訴人でなければならないから、控訴人の意思によることなく本件車検証を廃棄した内藤巡査長の行為は結果的には控訴人の権利を侵害したものと言える。

四、そこで内藤巡査長の本件車検証の廃棄に過失があったとの主張について判断する。

本件車検証が遺失物法二条の二にいう、保管中滅失または毀損のおそれがあるもの、又は保管に不相当の費用もしくは手数を要するものに該らないことは明白であるが、警察署長が保管中の拾得物を廃棄することができるのは、遺失物法二条の二の規定による場合だけでなく、返還を受けるべき者が同法八条によって権利放棄をし、かつ同法または民法二四〇条の規定によって当該遺失物の所有権を新に取得すべき者の権利を害しない場合も、これを廃棄できるものと解するのが相当である。

ところで、自動車検査証は、陸運局長又はその委任を受けた都道府県知事が作成交付するものであって、有効期間が二年間と比較的短かく、しかも道路運送車輛法六七条によって記載事項に変更があれば一五日以内にその変更の記入を受けることが義務づけられているものであるから、他に特段の事情がない限り、それに所有者、使用者として表示されている者をもって拾得された当該車検証の返還を受けるべきものと判断したとしても、そのことにはなんら注意義務の過怠はないと言わなければならない。

本件においても、中川照雄の妻の回答中にも、本件車検証および本件コロナが控訴人に譲渡された事実が述べられた形跡はないし、中川照雄も、前示二のような引き取りを催告するはがきに対して、本件コロナを原告に譲渡した事実を通知せず放置しておいた点を合わせ考えれば、内藤巡査長が本件車検証の所有者すなわち遺失者を中川照雄と判断したことには過失はないと言うべきであり、これをくつがえす特段の事情は認められない。そして、内藤巡査長は、遺失者すなわち所有者と考えられた中川照雄に対して、前示二のとおり充分な余裕を持った一定の期日を定めてその日までに引き取りに来ることを促し、もし出頭しなければ権利の放棄があったものと解して廃棄するので了承されたい旨の注意書を付加した郵便はがきをもって連絡したのに、右期日までに中川照雄からは全く連絡がなかったので、遺失者において権利を放棄したものと判断して廃棄したことは明らかである。ところで、自動車検査証は、当該車輛を運行の用に供するかぎり常に備え付けておかなければならない性質の書類で、かつ紛失した場合は少額の手数料で再交付を受けることができ、車輛の運行に支障を来すこともなく、しかも、検査証自体には独立した交換価値も認められない。このような遺失物について右のような内容の廃棄申入をなしたのに対して、遺失者がなんら意思表示をせず、引き取りにも来ないときは、この廃棄申入を了承したものと推断して廃棄処分したからといって、遺失物管理上の注意義務の過怠があったとは言えない。まして本件では、中川照雄が熊本から旅費を費して車検証を受領に上京するよりは、熊本県陸運事務所で再交付を受ける方が、はるかに経済的であることは自明であり、権利放棄と推断した内藤巡査長の本件車検証の廃棄に過失があったとはとうてい認められない。

なお拾得者が遺失物法七条により権利放棄をしたかどうかは明らかでないが、いずれであろうとも、それによって、控訴人の主張する本訴請求権の判断に消長を来すものではない。

五、そうすると、その余の控訴人の主張について判断するまでもなく控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は正当である。よって、本件控訴は失当であるからこれを棄却することとし、民事訴訟法三八四条一項、九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺忠之 裁判官 山本和敏 西田美昭)

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